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汚染水放流中止日韓市民徒歩行進について

 先の記事でも述べましたが、韓国の元大学教授・李元栄さんが、6月18日にソウルを出発し、ブサン経由で下関から日本入りし、9月11日国会前到着をめざす「放射能汚染水(処理水)放流中止日韓市民徒歩行進」を続けています。日本ではほぼ毎日、午前・午後に、間に5時間ほど休憩をはさんで、10kmほどずつ駅から駅を進むかたちで行進し続けているのですが、そこで各地の支援者が、適宜、ともに行進したり、駅で出迎え・見送りを行ったり、カンパをしたり、宿泊場所や休憩場所を提供したり、などを行ってきているようです。人の出入りや増減もある中で、はるばる下関から、東進を続け、8月20日に愛知県入りしました。当ユニオンは原発問題などにも一定の取り組みをしてきましたが、このかんは昨年にウクライナの原発問題の公開学習会を、河田昌東さん(チェルノブイリ救援・中部)をお招きして開催したりした以外はそれほど取り組んでこなかったのですが、今回、組合員有志が、支援活動に取り組みました。


 尾張の組合員は、22日の名古屋での李さんの報告会&河田さん講演会に参加するなどしましたが、三河の組合員である当方は、この講演会にユーチューブ参加をしましたがあまりうまくできず、あまり事情もわからず、三河入りする翌23日の朝、笠寺駅に行ってみました。すると20名ほど?の方々が集まっており、行進にも一定の方が出発したので、では、と、いったん別れ、三河との境となる豊明駅で、午後3時、休憩を終えた李さんをお迎えしました。駅前には尾張・三重からの参加者もいて、国道一号線を東進し続けました。行進は、基本は放流中止を訴える横断幕などを掲げながら、歩道を歩き、適宜「汚染水を流すな」などと声を上げていくのですが、当方はこの日は午後、翌24日は午前、翌々日の25日は午前、というように徒歩行進に参加したほか、25日の午後は国府駅で見送り、26日の朝は豊橋駅から若干行進して見送りして静岡県へ向けて送り出した、というかたちで、三河人として一定の支援をしました。過程では、16・17年のユニオン学習会で原発問題でお招きした矢部さんや、毎月19日の総がかり行動でお会いする方々など、尾張の方々も参加したり、東三河では地元の、原発問題に取り組むグループの方々と久しぶりにお会いしたりなどしましたが、初見でもユニオンをご存じの方もいたりして、交流を深めることもできました。26日はその後東海ネットの学習交流会に参加しましたが、そこに参加していた静岡のユニオンの方々も、その後の静岡県の経路で適宜参加していただいたようで、各ユニオンも一定の支援をできました。


 さてこの行進ですが、当方が参加している時は、横断幕(ハングルと日本語と英語で書かれています)の表側を車道に向けて、主に車道を通る、トラックを中心にした車向けにアピールしていくかたちになったのですが(歩行者はめったにいない)、ちょうど24日に放出が始まり、20日の岐阜県入り頃からマスメディアでもこの行進が報道されたりしたこともあってか、何度か賛同と思われるクラクションなどもあったのですが、「韓国へ帰れ」という声を浴びせてきた車もありました。社会的にも、「汚染水」と言った閣僚を無責任な失言癖のとんでもない人物と見なしたりとか、水産物不買運動とか、嫌がらせ電話とか、いろいろ社会的にも大きく取り沙汰されており、「汚染水」などと言うのは非科学的なデマ、国益を損なう、漁民や福島の人を傷つける、「中国・韓国野党の手先」、陰湿、と見なされるような状況になってきており、何でこんな活動をユニオンがやるんだ、との声があるかもしれません。しかし、8月31日のそごう・西武のストライキが社会的に評価が分かれはしましたが、労働者に好意的な世論が徐々に形成されたように、私たちも社会的な評価が分かれる中で、労働者にとって何が問題かを問わなければなりません。


 22日の河田さんの講演から、「処理水」と言うが、放射性物質を処理した安全な水とは言えないし、放流しないとタンクが余裕がなくなり廃炉が遅れると言うが、代替策の検討をろくにしないで放出を決めたという、科学技術面での問題点が明らかになったように思いますが、同時に、この韓国から異国であり当事国の日本の人々に足で訴えるという李さんの行動を支援して感じたのは、この汚染水の海へのたれ流しが、グローバルな問題であり、しかし、この結果をもたらした福島原発事故の当事国である日本のトップが、IAEAや国内外の原子力村の権威を振りかざして、他方で原発推進と核燃料開発によりますます核拡散の危機を生み出しながら、謝罪も、弁明さえもなく、「科学的事実」に基づいているんだからと当然のように、「先進国」の権力者然として漁民や福島の人々の複雑な思いをダシにしながら強行している、この異様さ、これを、日本の人々は考えることを迫られているということです。韓国ワイパー労組の支援活動でも、日本の労働者としてどうするかが問われましたが、それとも似たところもあるし、原発問題では福島第一原発事故がまだホットな話題だったころ様々な問題が浮き彫りになったこともだんだんあいまいにしてしまっているところもあるし、かつての侵略の、また関東大震災時の朝鮮人虐殺の歴史を、事実としてさえ認めない異様さとも重なっている気がします。これはある種、個人的な感想ですが、一つの問いとして、普遍性もあるのでは、と思うので、ここで述べさせていただきました。今後もこの問題は、継続して取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。

<追記>この徒歩行進は、予定通り9月11日に国会前に到着し、議員会館内で韓国と日本の市民の声を伝える行動を行い、その後講演会を行って終了しましたが、愛知からも参加した方々がいたそうです。皆さん、お疲れ様でした。






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